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愛知川周辺市町村の紹介

滋賀県東近江市愛東地域(あいとう)

[百済寺境内写真]

 愛東地域(旧愛知郡愛東町)は、弥生式の土器などが遺跡から出土しており、古くから人々が生活していたことがうかがわれます。 町の南側の愛知川沿いの集落の多くは、奈良時代には興福寺の荘園となり、「鯰江郷」と呼ばれていました。

 しかし、戦国時代後半には、近江守護佐々木六角氏の織田信長に対する抵抗の拠点となったため(鯰江城)、織田信長勢の攻撃にあい百済寺ともども戦火にみまわれました。

 その後、江戸時代は町内のほとんどの地域は彦根藩の支配下となりました。

 明治時代の廃藩置県により、町南部の西小椋村と北部の角井村が誕生しましたが、昭和30年2月11日にこの2村が合併して「愛東村」が誕生しました。その後、昭和46年2月11日に町制が施行され「愛東町」となり、平成17年2月に東近江市に合併しました。

[百済寺パンフ写真]
<近江三十三所観音霊場十六番百済寺>

鈴鹿山地の山麓にある百済寺は、寺伝によると聖徳太子の御願により、飛鳥時代に開かれたといわれて、戦国時代までは相当の勢力をもっていました。

鎌倉時代から室町時代までは大変大きな勢力をほこり、戦国時代に兵火に焼かれるまでは300余りの堂塔坊舎が立ち並んでいたといわれています。

現在は、江戸時代に再建された山門、本坊、仁王門、本堂が閑静な山中にたたずんでいます。


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